歌舞伎発祥の地はここだった?!

江戸歌舞伎発祥の地

京橋から銀座へ中央通りと歩いていると、高架下に立派な石碑がありました。
「江戸歌舞伎発祥の地」 和文と英文で書かれています。

寛永元年二月十五日 元祖猿若中村勘三郎 中橋南地と言える此地に 猿若中村座の芝居櫓を上ぐ これ江戸歌舞伎の濫觴也 茲に史跡を按し 斯石を鎮め 国劇歌舞伎発祥の地として永く記念す
昭和三十一年七月  江戸歌舞伎旧史保存会

江戸歌舞伎発祥の地

歌舞伎座といえば「銀座」というイメージが強いですが、京橋のここが、中村座が旗揚げした江戸歌舞伎の発祥の地だそうです。「中村座」という歴史の古さを強く感じました。

その隣にある「京橋大根河岸青物市場蹟」
黄色い色が目立つ石碑。江戸時代の青物市場の跡です。
京橋川があった頃には、この地は庶民の台所を支える青物市場として栄えていたらしいですが、現在では青果市場は築地へと移転されています。
冬に運ばれてきた大根が、花が咲いたように見えたことから大根河岸と名づけられたということです。

京橋大根河岸青物市場蹟

近くにはこのようなものも。。。

こちらは京橋の親柱の名残り
京橋は明治8年(1875)、江戸時代の木造の橋より、石造アーチ橋へと架け替えられました。
現在、その時の親柱2基と大正11年(1922)に設置された照明設備つき親柱1基が中央通りの歩道に残されています。
京橋川の埋め立てに伴って、京橋は撤去されましたが、明治・大正の京橋の姿をしのばせるものです

京橋の親柱の名残り
石碑

再開発で変わり行く町並みの中にこのような石碑がこれからも残っていくと、この地域の歴史を再確認でき、ここがどのような町だったのか、名の由来やこの地域に住む人々をいつまでも表していてくれる存在な気がします。

時代を超えて大きな存在として残っていってほしいと思いました。